加 納 光
頼まれ事は、試され事であり才能である。
「本が出版されることになりました。」そう報告して、腰を抜かすほど驚いたのは、私のオフクロでした。刷り上がった本を送ったら「作文くらい苦手なものはなかったのに、人間っていうものは、どうなるのかわからないものだね。」と嬉しそうに電話で話してくれました。誰よりも一番驚いたのは「私自身」でした。人間の目というのは、自分を見るためにはついていないのです。それまで、私は「自分が得意だ…」と思ったもので勝負をしてきました。まったくうまくいきませんでした。「本を書いてみないか?」そういっていただいた時は、自分の耳を疑いました。そして、書き上がった原稿を見ていただいた編集者のかたに「これは、良い原稿です。」とホメられた時は… やっぱり、自分の耳を疑いました。
人間というものは、自分で得意だと思うものでは活躍できないようになっているのかもしれません。自分の声を録音して聞いた時に、この声は自分の声じゃない…なんてイヤな声なんだ…と感じたことを思い出しました。他人の声を録音して聞いた瞬間、これはあの人の声だ…とわかります。そうなのです。録音した声こそ、あの、なんともイヤだな…と感じた声こそが本当の自分の声…。他人が聞いている声こそが自分の声なのです。自分の写真を見た時も同じでした。なんとカッコ悪く撮影してくれるんだろう? と、撮影した人を恨んだものです。いつも鏡で見ている自分とは、何だか違っていて、違和感があります。しかし、写真に映っている自分こそ本当の自分の姿…。きっと、才能というものも声と同じなのでしょう。自分ではこれが長所だ…と思っていることも実は勘違い。他人が見た長所こそが、本当の自分の長所…。
これ… やってみませんか? そう声をかけられたら進んでやってみてください。それは試され事… しかも才能が見え隠れしていることです。自分自身が「それは違うだろう…」といくら思っても、自分の耳で本当の自分の声を聞くことはできません。 本当の自分の姿を自分の目で自分を見ることはできないのです。作文が大の苦手だった私が本の原稿を書いています。決して上手な文章だとは思っていませんが、味がある…と編集者のかたからホメていただきます。そういわれる度に半信半疑な気持になってしまいますが、これが良いという評価があるなら、それで良いじゃないか!と、やっと思えるようになってきました。
作文が大の苦手だった私の本が出版されました。これは、まさに「自分の長所と思い込んでいる部分は勘違い」逆に「自分の短所と思い込んでいる部分も勘違い…」という証明に他鳴りません。そこに才能があるとおっしゃるのならば、一生懸命に打ち込んでいきたいと思っているのです。
-- 会報誌・寄稿文より抜粋 --
【 発売中の著書 】